Film 8:キアロスタミ映画『トラベラー』                               

Film 8 : Photography

The Traveller  映画『トラベラー』

 


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 イラン・イスラム革命前にあった小さな写真の時 

 

 

        監督・脚本   アッバス・キアロスタミ 

            公開 1974年

 

2022年イランの地で、頭髪をおおうスカーフ(ヒジャーブ)を適切に被らずに道徳警察に拘束され亡くなったり、先日にはスポーツクライミングでスカーフを被らずに出場した女性が問題視されるなどイランで、特に女性の自由や人権が大きな社会的問題になっていることは報道等でご存知のことと思います。

現在イランはイスラム教の教えの支配下にありますが、半世紀前や30年程前にはとても自由な空気の中で暮らしていた時期がありました。イランでは映画もかなり盛んに制作され、1990年代アッバス・キアロスタミ監督も世界的な評価をえる映画を何本も制作されていました。本作はそのうちの1作です。

 

 

 

  キアロスタミ監督の最初の長篇映画

    

 『トラベラー』はイランの映画監督アッバス・キアロスタミの最初の長篇映画である。一九九○年代には『友達のうちはどこ』(1992)、『そして人生はつづく』(1992)、そして『オリーブの林をぬけて』(1994)のジグザグ道三部作が世界の映画人と映画ファンを虜にした。多くは素人を起用した演出でこれほどの映画がつくれるとはまったく驚きであるが、それにはしっかりした裏付けがある。

 

 イランの首都テヘランにある小さなペンキ屋に生まれたキアロスタミは、テヘラン大学の美術学部現代アートを学び、その後コマーシャルやポスターのデザイナーとなる。一九六八年、二八歳の時、児童青少年知育協会という国営組織に入り映画制作を担当する。

 最初にメガホンをとった映画『パンと裏通り』(買い物帰りの少年が犬に行く手を遮られ四苦八苦するという短編)は、児童映画際の金賞に輝いた。それを観た黒澤明が「うまい人は最初からうまい」と舌を巻かせたことはよく知られた話しだ。

 

 つまり児童向けの教育映画がキアロスタミ監督の出発点なのだ。よって主人公も少年が多く、生き生きした姿や表情を捉えるのはお手のものなのだ。しかし単に情操教育用の教材映画の延長であったらこれほど世界を熱狂させはしなかった。

 

 キアロスタミ映画には何があるのか。じつはキアロスタミの映画にはテレビや電話、映画カメラなど現代文明の利器がたびたび登場する。本作でも「」が思わぬかたちで登場し物語に現代的な意味と複雑な余韻を残すのだ。

 

 まず監督キアロスタミのカメラがどんな映像をどう捉えたかみてみよう。映画は路地裏のサッカーゲームのシーンからはじまる。砂埃が舞う路地裏の空き地はいつも子供たちの領分であり王国だ。その王国はホメイニ師であれ米国大統領であれ倒すことはできない。そしてどこの国にもどこの街にも大人には知られることもない子供たちだけのチームがある。学校や家とは異なる小さな社会がそこにはある。

 

 

 キアロスタミはそうした子供たちだけの世界をよく知っている。それはキアロスタミ・カメラの動きにもあらわれている。カメラが子供たちの目線の高さなのだ。透明な魔法のカメラが空中に浮かんでいるかのようで子供たちの表情や行動が決しておしつけられることがない。フィクションであってもドキュメンタリーのごとくに仕立ててしまう撮影術と映画術がそこにみてとれる。

 

                         

 

  雑誌に載ったサッカー選手の 「写真」 

 

  本作でキアロスタミ監督のカメラが追うのはガッセムマスード・ザンベグレー)というい少年だ。カメラはガッセムが登校中、路上の雑誌売り場で道草を食いサッカー雑誌を買って授業に遅れる姿を映し出す。キアロスタミ監督はこの時、まるでガッセムを代弁しているかのようだ。ガッセムが教室に入った時、別の生徒が次のように教科書を読んでいる。 

 

 「何も分からず。どこにいるのかも分からずに、自然の正真正銘の暗闇に囲まれていた。感じていたのは恐怖だけでなく、恐怖を超えたものだった」と。キアロスタミ監督は大人の論理でガッセムを制止させようとはしない。授業中ガッセムは我慢できず買ったばかりのサッカー雑誌をこっそりと開き、隣の席のアクバルにそっと見せる。雑誌には彼の好きなサッカープレイヤー、ゲーリッチの写真が載っている。「ちゃんと見なきゃだめだ」とガッセムはアクバルを叱る。

 

 ガッセムは好きなサッカー選手の「写真」を見るのが大好きなのだ。彼にとって文字を読むことは面白くもなく、〝見る〟ことが好きで好きでたまらないのだ。先生に見つかるが、その時もガッセムは雑誌を読んでいたのではなく、雑誌の中の「写真」を見ていたのだ。

 

 

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