Film 6 『スモーク』 by ウェイン・ワン

Film 6 × Photography
SMOKE

ブルックリンの小さな片隅を毎日撮り続け出した契機

 


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映画『スモーク』

 

           監督 ウェイン・ワン(王穎) 脚本 ポール・オースター

           主演 ハーヴェイ・カイテルウィリアム・ハート  公開 1995年

           インディペンデント・スピリット賞新人脚本賞受賞

           ベルリン国際映画祭特別銀熊賞

           ベルリン国際映画祭国際評論家連盟賞 ほか

 

煙草の煙があっという間に消えてしまうように、目の前の出来事もまたあっという間に消えてしまう。本当は消えてはいないけれども、別の出来事へと続いていったり重なっていく。消えてしまうように見える目の前の出来事や光景には、煙草の煙のようにほんの僅かであっても重みがあるんではないだろうか。そんなことをこの映画は問いかけます。

 

 

 

Film  Smoke 

 

 ブルックリンの街角のシガーショップが舞台

 

 この映画は脚本を手掛けたポール・オースターの小説のように、奇妙な偶然が重なるシンクロニシティーから誕生した。一九九○年のクリスマスの日、香港生まれの監督ウェイ・ワンが偶然手にした「ニューヨーク・タイムズ」紙。そこでたまたま読んだのが、ポール・オースターの短編『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』だった。  

 ウェイ・ワンは単なる読者ではなかった。映画化の話しをポール・オースターに持ちかけた。それがこの映画の発端となる。ポール・オースターは映画化を快諾。ウェイ・ワンは短編『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』を基に、映画『スモーク』の脚本を生み出すのだ。そしてこの映画を小津安二郎に捧げた。

 

 ポール・オースター小津安二郎の映画『東京物語』が特に好きだという。そういえば『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』に出てくる太った黒人のお婆さんは、どこか『東京物語』に登場する年老いた母(東山千栄子)を彷佛とさせる。東京から広島に戻った老母が急死するが、あの太った黒人のお婆さんもどうやら亡くなってしまったようなのだ。

 

映画の舞台となるシガーショップ(葉巻店)があるブルックリンの下町感覚は、『東京物語』の息子の家がある風景とどこか通底していよう。今はなきニューヨークのツインタワーとスカイスクレイパーを背景にブルックリン方面に走り来る電車も、『東京物語』の冒頭の列車が走行するシーンと響き合う。

 

 

 ブルックリンのとある街角にあるシガーショップがこの映画の舞台だ。そこはこの界隈の煙草好きにとって陽溜まりのような場所になっている。ベースボールと煙草談義に花を咲かせる淡々とした日々。陽が落ちれば人々は家路に向かい、雇われ店主のオーギー(ハーヴェイ・カイテル)は決まった時刻になれば店を閉める。かな哀愁漂う店だ。

 

 作家ポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)が店を出た後に路上で車に轢かれそうになったところから物語りは動きだす。シガーショップ前の交差点のように登場人物が交差しはじめ、妻を亡くし自失していた作家ポールの心も何かに向かって動きはじめていく。

 一つの偶然がもう一つの奇妙な偶然に向け、見えないシンクロニシティーの〈列車〉が走りはじめるのだ。

 

 朝8時きっかり、十年以上、毎日街角で撮影する       

 


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 ある日店じまい直前のシガーショップにポールが立ち寄った時のこと、レジ脇に使い古されたカメラが置いてあるのに気づく。

 長年通いつめていたポールがカメラに気づいたのはその時がはじめてだった。オーギーはそのカメラを使って毎日同じ時刻にまるで郵便配達夫のようにあらわれ、店の前のブルックリンの街角の写真を撮っていることをポールに告げる。

 オーギーは分厚い写真帖を取り出し机の上に置く。

 写真帖には片ページに必ず四枚づつ、日付けが記された同じような風景のモノクロームの「写真」が嵌め込んである。

 ポールは物珍しげに「写真」に視線を滑らせていく。

 


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 すべての写真はオーギーが店の目の前、ブルックリン7番街と3丁目の角に三脚を立て、四千日以上一日も欠かさず、朝8時きっかりに毎日撮ったものだった。

 ということは四千余枚もの街角の記録が同じように十二冊の写真帖に貼られていることになる。一冊がちょうど一年分にあてられているようだ。

 

 ポールはページを捲っていくが、ポールには「写真」がまったくぴんとこない。なぜこんなことを始めたのか、動機やきっかけを聞きたがる。このあたりは小説家と写真に関心を持ったものの違いがでていて面白い。ポールは次々にページを捲っていく。

 オーギーは言う。「もっとゆっくり見なくちゃだめだ。ちゃんと写真を見てないだろう。同じようでいて一枚一枚全部ちがうんだ」。

 

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